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「思い」と「型」・・・意識

型があればこそ思いが生まれた。だが、型は物質で表現できる。物質の細部は原子、等々だ。存在が確認できる。だが、思いってなんだろう。記憶とも同じようで違う。脳のある部分で細胞のネットワークによって生まれるなんて書いてあったような記憶?がある。
 我思う、ゆえに我ありは自分が思っている範疇を越えているのかもしれない。これは思いと型から言えば逆だ。「我ありてこそ我思う」なのだから。すごいデカルトを向こうに回してアホなことを書いて。誰も見ないからいいようなものだけど。もし見たらアホとつぶやいて。
 元に戻って、思いは物質ではない。細胞という物質から、物質でない思いが生まれる。有から無が生まれると言うことか。おお、禅問答になってきた。むむ みょうやく むむ みょうじん 今度は般若心経になってきた。今日はあっちこっちに良く飛ぶな。なんのことだったっけ。
 そうそう「思い」とはなんだろうが命題だった。思いは人間だけじゃない。思いの程度はあるが生物すべてにあるのではないか。猫や犬はもちろん。もぐらだって、ミミズだって大腸菌だって、酵母だって。これを認めると言うことは「思い」は「生きる」ことと同語になる。そうか、思いは生きることか。
 ならば、やっぱり「我思う、ゆえに我あり」だ。我ありは生きること。やっぱりアッホ。今日は良く飛ぶな。ちょっと違う、思いは。酵母は思って生きているのか、偶然の集積なのか。植物はどうだ。思いはあるのか。根の吸収に能動的輸送とか吸収とかの表現がある。やっぱり植物も思いがあるのだ。・・・葡萄は近いぞ
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「思い」と「型」・・・DNA

千利休の思いは中国にもない茶道という「型」を作った。
その型を系譜した人々は新たな「思い」を創造した。時には自分の流派なり、高価な道具なり、単なる金儲けの材料だったり、外国まで日本人の精神文化として輸出した。
 普通に行うことを型どおり、外れた行為を型破りの言葉があるのはこれからきたのかは不確かだが。
そこでまたしても、ふっと、思った。
利休の前にも茶の型はあった。確かに利休の型ではないがあった。そうすると、「思い」が先か「型」が先かと言うことである。現実にはお互いの相乗により新しい物が生まれているのだ。
 しかし、どうでもいいことだがどちらが先かは知りたいと思う。鶏が先か卵が先かと言う問題と同じか、ちょっと違うかな?
 そこで気が付いたのだ。型、生物の持っているもっとも特徴的な型はDNA、そしてその塩基配列なのだ。4つの塩基の型で生物が存在している。DNAの存在なくして「思い」は形成されない。つまり、単純な結論は「思い」より「型」が先なのだ。型があって思いが形成されその型が思いを形成していくのだ。それはそれ、そうだと思う。
 しかし、またしても、ふっと思うのだ。
 基本的にたった4つの塩基でこんな複雑な人間が出来るだろうか。おしっこをしても本当に良くできている。食べる、消化する。吸収す。貯蔵する、したいと思う。排泄する。他の生物の栄養になる。循環する等々。これは誰かの思いで作ったのではないか。おお神よ。仏よ。思いが先と考えるには神の存在を肯定せざるをえない。ホーキンス博士は宇宙を作るのに神のお力は必要ないと言ったけど。・・葡萄はどこへ行ったのだ

「思い」と「型」・・・お茶

またしても訳の分からないタイトルにしてしまった。しかも、当分この言葉にしか興味がないのだ。
義弟曰く、難しいことが書いてある。難しいことであるはずがない。自分には難しいことがかけるはずもない。ただ、独りよがりなのだ。人が読むことをまったく意識してないから、独善(独悪ではない)的であることは明白なのだ。釈明はこれぐらいにして、久しぶりにつぶやくとしよう。
 そもそも、なんでこんなタイトルを思いついたかというと、千利休の茶道である(深い意味は分かるはずがない)ふっと、疑問に思ったのである。
 たったお茶を飲むだけの行為がなぜ500年も続いているのだろうと。行為としては茶を飲むだけである。自分は抹茶が好きだからよく飲む。ただ飲む。うまい。茶道ではない。(知らないと言うことは気が楽だね)。中国から伝わったとされる喫茶の行為は中国では発達しなかった。(中国人の友人の話)どうも()書きが多すぎるね、浅いからだろうな。
千利休は知っていたんだろうな。思いだけでは伝わらない。残らない。独りよがりではなく普遍化することが・・「思い」に「型」を作らなければ残らないことを。残すと言うことは自分が生きると言うことだ。現に利休は500年生き続けている。利休は新しい職業までも創造してしまった。家元、お茶生産者、道具職人、建築、畳屋さん等々、今で言うベンチャーだ。これも500年続いている。すごいことだ。その上に、「思い」を昇華した日本人の精神文化まで創造したのだ。創造したのだ。昔からあった訳ではないと思う。・・葡萄はどこへ
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